【働くキョウタナビト】佐野紙工芸 代表 佐野 泰正さん
[2025年6月2日]
ID:121
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私たちの身のまわりには、目的や用途に合わせて多様な紙製の箱が存在します。最近では、手にした時の質感がよく、作りがしっかりしている物やカラフルでデザイン性豊かな紙箱が増えました。
京田辺市大住にある佐野紙工芸では、創業から70年以上にわたり丁寧な手作業によってこだわりの紙箱を製作されています。
佐野紙工芸 代表 佐野 泰正さん
1950年(昭和25年)に祖父が京都市上京区で「佐野紙器」を創業しました。1985年(昭和60年)に田辺工場を設立、2007年(平成19年)に父が独立して、その後私が代表となり現在に至ります。当初は、「佐野紙器」からの委託のような形態でしたが、現在では我々独自で受注から生産まで一貫して製造しています。
40年程前に滋賀県から京田辺市に越してきたのですが、当時はまだ周辺に大きな工場もなく、のどかな風景が広がっていました。幼少期から姉二人と共に、両親の作業風景を見て育ちました。子供達それぞれができることを手伝うなど日常生活の一部にこの仕事があったので、私がこの仕事に就いたのも自然な流れでした。繁忙期のクリスマスシーズンには、ケーキ用の箱を家族総出で組み立てたことが今でも心に残っています。
代表(右から二人目)と従業員のみなさん
当社では、菓子や織物、雑貨など商品を引き立てる紙箱を製造しています。紙箱は、日本の豊かな歴史や文化、また独自の美意識を体現したアイテムです。一言に「紙箱」と言っても様々な種類がありますが、大きく分けると「外箱」と「貼り箱」に分類されます。「外箱」の代表は段ボール箱で、主に商品の輸送用に作られた強度のある梱包箱のため、特別な装飾は施されていません。これに対して「貼り箱」は、強度は劣りますが、梱包や流通の機能だけでなく多様な装飾によって商品に新たな価値を与えています。贈答用のお菓子などが入った箱のほとんどがこの「貼り箱」となっています。
伝統的に手作業中心で製作されてきた「貼り箱」ですが、近年の機械技術の進歩によって量産や短期間での納品が可能となりました。しかしながら、当社では一個からの小ロットの発注でも手作りにこだわり、機械では仕上げられない細かいところまで長年の経験と技術を駆使して丁寧に仕上げています。商品の用途は、和菓子用、着物帯などの織物用などが主流ですが、土産物や茶道具、仏具用への需要もあります。
当社が手掛ける主な「貼り箱」についてご紹介します。
1 かぶせ式
貼り箱の中では一番オーソドックスな形状で、下箱に上箱をかぶせて使用します。
2 印籠式
貼り箱の内側にもう一段高さのある箱を付けた二重構造の箱で、かぶせたときに上箱と下箱がぴったり閉まる形状の箱です。内側の色を変えれば、アクセントとなってデザイン性に優れた高級感のあるギフトボックスとなります。
3 ヒンジ式
蓋の一辺が貼り付けてあり、宝箱やジュエリーボックスのように商品が見やすく開閉できます。台紙やリボンを用いて様々な意匠を凝らすことができます。
4 引き出し式
高級感やかわいらしさを演出できます。再利用(アフターユース)にも適しており、プレゼントにも最適です。
5 円柱式
紙管で作成しています。円柱の大きさは既定のものに限定されますが、下の部分が二重構造なので想像以上に頑丈です。
1 素材の紙を寸法どおりに機械で裁断し、箱を展開した形にします。
材料はお客様から指定される場合もあれば、当社から適した材質のものを提案する場合もあります。
2 折り曲げる部分に機械で折り目となる溝を付け、箱の形にしてから糊で接着して組み立てます。
溝は、紙質や形に合わせて機械で圧力を調整し、深さを一定に保つ必要があります。また、糊は紙の材質や温度によって粘度を調整します。
3 膨れやしわがないように化粧用の紙を貼って完成です。
当社では長年培ってきた経験と技術で細部にもこだわって美しくきれいに仕上げています。
【罫線機】ボール紙に溝を入れ、四隅を切り落とします。
【ジャパン留め】四隅をテープで留めます。
【ベルトコンベヤー】紙に糊をつけて貼り付けます。
【結束機】出来上がった箱を結束機でまとめます。
紙はその日の気温や湿度によって変化し、種類、厚み、大きさなどによっても取り扱いが異なります。薄くて小さい箱を製作する場合や特殊な紙を使用する場合には、特に慎重さが求められるため職人の技が欠かせません。
20年以上共に働いてきた社員同士、あうんの呼吸で作業を進めています。全社員がどの作業にも対応できますが、それぞれの得意分野を活かして機械では仕上げられない細かなところまで留意して製作しています。
寸法は1.5センチ四方から60センチ四方の箱まで自由に、形状は筒状やハート型(当社オリジナル)、布で覆った箱など手作業でしか製作できないものもあります。いずれも短納期・小ロットにこだわり、お客様のご要望に柔軟に対応しています。
町家やお店を再現した「家の箱」です。
屋根が蓋になっています。
箱以外に薬入れやカードホルダー、御朱印帳なども製作しています。
伝票を挟む磁石式のバインダーファイルの作成を依頼された時のことです。京都市内の外資系ホテルで用いるとのことで、着物布地を用いた京都らしいデザインがご希望でした。従業員みなでアイデアを出し合い、内側にも布を貼るなど工夫を凝らし試行を重ねて製作しました。数社が提案した製品の中から、当社の製品が採用されたと聞いたときは大喜びでしたね。競合他社に打ち勝つためには、高い技術とクオリティを維持しなければと再認識した貴重な経験でした。
当社は、私の両親と姉2人、ほか従業員1人の6人で運営しています。家族が中心のため遠慮がなく、時には製作方針について意見が衝突することもありますが、より良い商品を生み出すためには、気兼ねなく意見を出し合い向上できる貴重な環境だと感じています。
原材料の高騰や後継者問題などの理由から廃業する同業者が増えており、技術を守っていくためには人材育成が急務の課題です。
これまで培ってきた技術には自信がありますが、現在は外注している箔押し(金や銀、パールなどの素材を圧着させる技法)やエンボス加工(凹凸模様や文字を浮き彫りにするなど立体感を演出する加工技術)を自社で行ってさらに幅広く商品を展開することが目標の一つです。中身を引き立てる箱にととまらず、末永くみなさんの手元に置いて大切にしていただける「主役になる箱」を作っていきたいですね。
これまでも京田辺市内の会社からの受注を受けてきましたが、今後はもっと多くの市民の方に手にしていただけるように力を注ぎたいと考えています。
代表のお話を伺い、紙箱の魅力を再認識しました。紙は環境に優しい素材であり、今後も多くの場面で利用されることでしょう。
従業員のみなさまとともにこれまで培った技術を末永く引き継ぎ、みなさんの手元に残る美しい製品を届けてくださることを期待しております。